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叛逆の2回目

あんまり作品外で語られるの好きじゃないのにうっかりパンフも買っちゃった。
ほとんど繰り返しになるけど少し補感。


1回目は「こんなもんかー」→「やりやがった!」という興奮でそれどころではなかったのに対して、2回目は「台無しだよ!」という感覚が少し分かった。それはそれで美しく完成されたものを粉々に打ち砕く快感に浸れるので別の良さがあった。
初見だと理解し合えた瞬間に見える花畑のシーンも、三つ編み拒否の演出意図を分かった上で見ると、実は決定的にすれ違った瞬間だったという逆の視点から見れて趣深い。
あとはスクリーンが滲んでたせいで見逃してしまってたオクタ槍とかティロ列車砲とかを頑張って見た。

円環入りすると存在が同一化する現象について詳しく確認したかったが、やっぱりよくわからない。人格は保ってるし、性格上まどかとそりが合わない魔法少女にとっては、救済どころか無間地獄みたいなものじゃないか。せっかく魔女になって世界を呪えるチャンスを奪った円環を許すな。
その他、裂けまどかの「やっぱり自分勝手にルールを破るのは悪いことじゃないかな」と、覚悟まどかの「それを邪魔するルールなんて、壊してみせる、変えてみせる」は矛盾しているとか、円環に対するもやもや感を持っていることは、今作を楽しむ上で重要なポイントだと思う。
TV版も叛逆も同程度に完結した物語なんだけど、演出との整合性がある分叛逆のほうがむしろしっくりくる。

強いて言えば、ルール自体の変更は「ルール違反」ではないのでセーフ。
そしてまどかは自分自身を秩序そのものに変えて、世界から離脱したのに対し、ほむらは概念化せずに世界に留まっているせいで、利益を享受できる状況にあって、そこが欲に見えるというのはある。此岸の魔女だけあって現世への執着が強いのか。
マミさんが重要視していた「自分の為か他人の為か」という問題はどこまでも絡む。まどかもほむらも、最初の願いは「誰かの役に立つ人間になりたい」とか「彼女を守る私になりたい」という他人を介した自分の為の願いで、杏さやとは対照的。


ラストの印象が強くなるので叛逆を贔屓目に見たくなるが、TV版は日常を序盤で裏切って王道的に盛り上げていく、叛逆は日常からの王道的に盛り上げを終盤で裏切る、と順番が入れ替わってるだけで、総合的に見れば満足度は同程度な気はしてくる。
最近の虚淵のアニメ脚本の傾向からして、初期案が救済エンドだったという裏話は妥当に思えるだけに、新房はうまく舵を取ったと思う。やっぱり期待に応えて予想は裏切るという形が本領だろうと。

虚淵はもう続き書きたくなさそうだけどどうだろう。色々妄想が広がるエンドだから、その分また予想を超える話にするのが難しいというのはありそう。
しかし日本一のアニメ監督や漫画神ならともかく、ごくマイナーなエロシナリオを書いてきた虚淵に、商業主義という世界の理を書き換えるほどの権限が蓄積するなんてことがあるだろうか。まどマギの脚本を書かせたために、虚淵は最強のアニメ脚本家に成長し、まどマギの続編を書かない力を手に入れるという皮肉な結果になるのか。そんな……それじゃ岩上Pは何のために……。

  1. 2013/11/12(火) 22:16:58|
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